成田さんのブログに、プラモデルの思い出がかかれているエントリがあった。
読んでいて、どことなくせつなくなるような、それでいてあたたかい話だ。
私には彼のような思い出はないが、プラモデルとはきっても切り離せない人生を歩んできた。
幼稚園ぐらいの頃、初めてオバQのプラモデルを買って組み立てたのが最初だったと思う。
歩いて5分ほどのところにある文房具屋さんから買ってきた。
おそらく50円ぐらいの物で、4つが1セットになっていたが、ばら売りもされていた。
坂道におくとトコトコと自走してくれるしくみになっているので、足のパーツをボディーの前後のパーツではさむようにして組み立てる必要があり、むずかしかった。
たしか兄か姉にてつだってもらって作ったと思う。
接着剤も使ったと思うが、つかいにくく表面についてべとべとになったが、うれしかった。
その後は、サンダーバードのプラモデル。
限られた予算で買える物は、当時50~100円で売っていたもの。
サンダーバード1~5号が人形とセットになったシリーズ(50円)があった。
当時はメカがほしかっただけので、子供ながらに頭の大きさが不釣り合いで不気味な人形は用無しだった。しかし、当時の小遣いは予算が非常に限られていて、50円でメカが買えるのはこれぐらいしかなかった。
そしてもうひとつは、サンダーバード二号のコンテナシリーズのプラモデル(100円)。
コンテナ内に含まれる物によっていくつかの種類があったので、一つ買っても楽しみが多くお買い得感があるだけでなく、サンダーバードの劇中でコンテナが並んでいるシーンが出て来るが、あつめることができればそのシーンを再現できる。
おなじみの文房具屋さんの奥にあったプラモデルコーナーでいくつかのボックスアートを見比べてほしいものを決める。
当時は軍用戦闘機や、船、戦車、自動車などとならび、こういったSF物やアニメものがあった。
キャプテンスカーレットなどもあったが、しらないのでパス。
決め手となるのは小松崎茂氏のボックスアートだった。
購入してから、その後の数時間を至高の時間にするために幼児ながら選ぶのは真剣勝負だった。
小松崎茂の絵は、どんな遊びをするかの想像をふくらませてくれた。
値段の高い、大きめの箱の物は、いつも見て想像をふくらませるだけ、もちろん中身のパーツ構成のチェックはかかせない。
一番好きだったのは2号で、一番かっこよいと思っていたのが モグラタンク。
モグラタンクはモーター稼働で、到底買うことはおろか親に頼んでも買ってもらえないことはわかっていた。なのでいつも箱を手にとっては箱絵をみて思いをはせることだけしかできなかった。
ちなみに当時のお風呂遊びグッズは、 サンダーバード4号の秘密基地セットだった。
今思えば、遊ぶために自分のおもちゃを自分で作るというのは良い経験だったと思う。
まぁ親にさせれば、昔は木をけずって船でも飛行機でもつくってたぞと言われていたので、さすがに「それはおもしろくないだろう」と当時は思っていた。
さて、特に二号のコンテナはサンダバードごっこにはもってこいだった。
隣のうちの子が同級生だったのだが、そのこのうちはおじいちゃんが鯉の養殖をしていて 大きな池があった。
言葉でうまく伝わるかどうかわからないが、池の一角が浅くなって水がながれこませるような短めの水路になっていた。そこが絶好の遊び場所だった。
小さな石に囲まれて、植木も周りにあり、コケも生えていて、まさにサンダーバード秘密基地っぽい感じだったのだ。
ここまで書くと想像つく人も多いと思うが、メインの遊びはサンダーバード2号ごっこだ。
劇中に潜水艦である4号をのせたコンテナを海上から落下させるシーンがあった。
これを再現して遊ぶのである。
話はそれたがこのコンテナのプラモデルはよく買った。
(といっても3~4回ほどだと思うが)
一度はその友達と一緒に買ってきたものの、親におこられると思い、その友達の家にあった車の中に入って、後部座席の足下で組立てた。
今思えば日中に、しめきった狭い空間で接着剤を使うとは非常に危ないことをしていたものだw
この後も、しょっちゅうプラモデルを買った。
船や戦車、自動車など、ほとんどがモーターで走らせることができるもので、船などは近くの池などでよく遊んだ。
しかし、このころプラモデルを購入する目的は、作る事もさることながら遊ぶことが目的だった。
小学生の頃には、隣町に模型専門店があり、兄や親につれていってもらっていた。
しかし、いつもいけるわけではない。
当時はそろばんをやっていたので、1年に一度ある検定試験がその模型店の近くでひらかれていたので、試験後はかならず寄っていた。
異色な物では、みなしごハッチやタツノオトシゴ、扇風機、UFO、幽霊の手がでてコインをひきずりこむ貯金箱、芝生付の家のプラモデルなども組み立てた。
その後はスターウォーズをみて、モーターで動くR2D2のプラモデルや、スターウォーズ便乗商品などを買ったりした。
中学になり、ガンダムブームに遭遇。 友達に教えてもらい再放送で初めて見てガンダムにはまった。
そのころ、模型雑誌ホビージャパンでガンダムの作例がのるようになり、そのうち特集記事まで組まれるようになった。
当然ガンプラにはまり、同時にポリパテなどをつかってフィギュアをつくることも始めた。
タミヤの人形改造コンテストに、当時劇場公開前の、ETを少ない写真を参考にして作って応募した。当選はしてない。
自分の作品がコンテスト作品パンフレットに掲載されたのかどうかも知らないままだ。
まぁ何はともあれかなりの数のガンプラを作り、筆塗りでもむら無くぬれるほどの技術は身についたし、どんな色でもつくれる(あくまで自己判断)という自身さえついた。
ファインドやフォルモといった粘土をつかった造形もして、エアブラシもう購入して塗装に使っていた。
汚し塗装やすじ堀などのテクニックも(身につけられなかったが)知った。
シンナーのにおいがする中で模型を作っているときは至高のときだった。
高校の時は、同級生の知り合いがやっていた「地球防衛軍」という喫茶店のプラモデルコンテストで、ナウシカのメーヴェを作って応募して賞をもらった。
プラモデルではナウシカはメーヴェの上に立っていたが、改造して足を伸ばして飛行している形にした。 顔もアニメに近づくように改造した。
この「地球防衛軍」は当時激レアで、まだ当時生まれたばかりの言葉「おたく」があつまる喫茶店だった。
なんでここに入り浸っていたかというと、当時VHSやβデッキだけでなく、レーザーディスクやVHDといった機材をそろえて、一日中、SF映画やアニメを流していた。
店内は暗く、大きなスクリーンがでんと構えていた。
天井にはベニア板の手作りスターデストロイヤーが飛んでいる(張り付いている)
店の壁には大量のマンガがあり、ファミコンがおいてあるコーナーもあった。
入るだけなら無料だが、「ねこまんま(ごはん+かつおぶし)」や「いぬまんま(ごはんに味噌汁ぶっかけ)」といったメニューはかなり安く、高校生でも気軽に行けるところだった。
また、ほかにも目的があった、常連だけの裏メニューで自分のテープを持参すれば、そういった作品をテープにコピーしてくれたのだ。
友達がここの店長さんとかなり親しい間柄だったので、特別にいろいろとしてもらえた。
最新ビデオはもとより、自主制作作品のような結構レアな映像も手に入るので、とてもうれしかった。
店の雰囲気はこちらのページで少し伝わると思いますが、これは私が通っていたところ出はなく、後にあらたな場所へ引っ越ししたあとです。
いまは、この「地球防衛軍」はなくなりWebだけの存在になり、店長はまんがのむしという喫茶店を作ったらしい。
このころからガレージキットブーム、そして、再販ブームがおこり、様々なキットが販売された。
バンダイなどの大手も野心的なキットをたくさん生み出してきた。
またミドリという昔のプラモデル会社が出していたスティングレイやシービュー号といったキットも再販された。
このころはいろいろなプラモデルをコレクションすることもはじめ、沢山の説明書やパッケージアートを集め、同じプラモデルを製作用とコレクション用に二つ買うなどしていた。
プラモデルはタンスの中に収まりきらないほどになり、そのう「自分はなにをやっているんだ」「物欲にはまりすぎだ」と思った。
このころには、動くプラモデルよりも、かざるものに興味が移っていた。
また、メカ物よりも有機体をつくるほうに興味が出てきていた。
そして、ファンドがあれば何でも作れるという気持ちもあったので、自分の物欲にはまった過去を払拭するためにすべてのプラモデルを処分した。
完成品も実家の引っ越しの時に処分した。
この時以降、あまり家にコレクションをため込むことはなくなった。
どうやら物があると精神的に負担になるようだ。
その中で、ひとつだけ棄てずに残していたプラモデルがある。
上記のミドリから出ていた「歩くのらくろ上等兵」。
これは当時でも絶版品だったが、当時はプラモデルのコレクターブームがあり、絶版品を売る店がいくつかあり、その店から買った物だ。
当時の価格で一万円ほどで、絶版品としては安いほうだった。
もちろん、未組み立てだった。
ちなみに今はオークションで3万7千円の値がついている。
当時のプラモデルを全部とっておいたら、かなりの金額になったかも知れない。
先日、帰国したときに探してみたが、見つからなかった。
倉庫の奥の方にあるのか処分されたのか、こんどじっくり探してみたい。
今は子供がいるので、シンナーなどの有機溶剤が必要なプラモデルは諦めている。
最後に購入したのは9年ほど前に 秋葉原のレオナルドという模型ショップで買ったドイツ軍のハーフトラックだ。当時ですでに絶版品だったと思うが、レオナルドはこういう絶版品も普通に売っている。(値段はさすがに高いが)
キャタピラ部の転輪のゴム部分を黒く塗ったところで、アメリカに来たので、そのまま作らずじまいだった。
(はっきり覚えていないが、パーツの整合性からタミヤをえらんだので、多分これ↓だったと思う)
コレクションするのが嫌になっただけで、作る過程はいまもかわらず好きだ。
だから、プラモデルの需要が減り、フィギュアもガンダムも完成品ばかりがあふれている現在の市場は理解できない。
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おまけ「サンダーバード製作風景」
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